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「 一生懸命 」体質

「 一生懸命 」体質


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私は幼い頃から何かにつけ、 一生懸命になってしまう体質だった。

一度そのスイッチが入ると私は 時間も忘れ、瞬きすることも忘れ、ヨダレまで垂れ流し 

目の前にあるそのことに ただただひたすら夢中になってしまうのだ....。



しかしそんな私の有様は、


どうやら周囲には、とても滑稽に映るようだ。



一番最初に こんな姿を晒して笑われたのは、

確か小学校3年生の、歌のテストだったと思う。



今となっては、曲名までは思い出せない。

しかし、歌詞とメロディーだけは 今現在もはっきりと覚えている。



「 たぬき〜の坊や〜が♪ 山でタンタタタン♪ 」

私は仰けから やる気満々だった。  

だから少しもためらうことなく これ以上にないくらいの大口を開けて歌った。


 


背筋をシャンと伸ばし、

音楽の先生に言われたとおり お腹からしっかり声を出して。


そう....私は脇目もふらず、一生懸命歌ったんだ。

もちろん、しっかり心まで籠めたんだ。



そして私は熱中して歌いながら、ご丁寧に、たぬきの心情まで思い浮かべていた。

月夜に照らし出されて楽しそうに歌って踊っているたぬきの坊や。


 


もう完全に我を失い、その世界に入り込んでいたさっこであった。

それはともすれば、自分のお腹まで突き出し、

ぽんぽこぽんぽこ、振り付けまで飛び出しそうな勢いだったかもしれない。



そして懸命に歌うさっこの声のボリュームときたら....

ひょっとして ドラえもんのジャイアンを超える程の凄まじさだったのかもしれない。



しかし当の私ときたら、すっかり「 たぬき坊や 」の世界に入り込み、

この有様のまま、最後まで熱中してこの歌を歌いきった。



こうしてやっと私は ふっと我に返ったんだ。



するとその途端、

俄かに教室から、嵐のような大笑いが どっと巻き起こった。



タチの悪い男子などは、椅子の上に立ち上がり

「 うるっせーうるっせー 」と 

わざと大げさな耳を塞ぐジェスチャーをしたりした。



 


皆いつまでもいつまでも、私の歌に大笑いをしていた。

先生まで、釣られて大笑いしていた。




ただ私だけが一人、身を縮ませていたんだ。

耳を真っ赤にして

必死になってうつむいていたんだ。

教室の木の床のみを ただひたすらに見つめながら....。





歌のテストで一生懸命歌っただけで 何故こんなに笑われるのか、

その時の自分には、

さっぱり意味がわからなかった。




もしかしたら、

これが私の人生における、「 華麗なる赤っ恥デビュー第一号 」であったかもしれない.....。





中学校時代は、こんなことがあった。

当時私が所属していたバレー部の顧問は、体育教官でとても厳しい先生だった。

そして毎日毎日部員の私たちに、とても厳しい練習を与えてきた。



 


特に大会前などは、顔面が真っ青にあるまで レシーブの特訓をさせられた。


私はその度に無心になって、必死にボールに食らいついていった。

もう、体力の限度はとうに超えていた。

意識も飛んで、口はカラカラ....今にも倒れそうだった。



しかしなぜか 内にある「 燃えたぎる負けん気 」だけが

私に次の新しい一歩を踏み出させていった。

無意識に無意識に。



そんな中  顧問の鬼先生は決して手を緩めることなく、


白球を左右に投げ 前後に投げ、私を揺さぶりに揺さぶった。


 


そして どこまでも私の情熱を刺激し、激しくがなり立ててきた。 

「 もうこれまでか?! こんなもんか、お前の根性は?! 

自分で限界つくるんか?! これっぽっちがお前の限界か?! 」と。



するとその煽りに応えるかのように、

私のカラダは限界を超える方向へと真っ直ぐに進んでゆく。


 


それはまるで自動的に、だ。

まるで条件反射のように、だ。



 


そうなんだよ。

私の足は待ったなしで、やっぱり次の一歩、次の一歩と、ついつい踏み出してしまうんだ....。

我を忘れ、我を忘れ....。


 


気が付くと、さっこは 鼻水まで垂れながしていた。

ヨダレも涙も、もうぐちゃぐちゃに入り乱れて 多分エクソシストもたまげるほどの顔をしていたと思う。



 


そんな私の必死さを見て

ついに鬼顧問が呆れてこう言い放った。

「 お前は本物の馬鹿だ!! 」と。



すると途端に 体育館にどっと笑いが沸き起こった。



次に鬼顧問は 皆の前でこう続けた。


「 部員の中で誰が一番根性があるか、わかるか?!さえこだ。

だけどコイツは、正真正銘の馬鹿だ。

なぜならコイツは、真っ直ぐ前に突っ込んでゆくことしか知らん。

現に左右に揺さぶった球、後ろに後退しなきゃいけない球はコイツはちっとも拾えていない。

だけど、前に前にとくる球は、コイツはひとつも落としていないんだよ。

本当にコイツは、前にしか進めない馬鹿なんだよ。 だけど誰よりも根性がある。

私はこれからお前を猪と呼ぶ!! わかったな、猪。 」



こうして私は、運動部の中で、光栄なるあだ名を授かった。

命名「 いのしし 」。



それ以来、鬼顧問は特訓のたびに 私にこうハッパをかけた。

「 こらあー!!イノシシーっ!!」

私がそう怒鳴られるたびに、皆、楽しそうにゲラゲラと笑った。



しかし一方で私のこの無様さは、常に部員皆をリラックスさせていたのではないかな?



そう....私はいつだってこんなふうに、集団の中で ただひとり 浮いてしまうんだ。

いつの間にか、皆を笑わす滑稽なムードメーカーになってしまうんだ。





その不器用さは、勉学方面でも顕著に現れていた。



 


ほとんどの人たちは、数学の定理などに関して、サラサラと流して要領よく覚えているようだった。

しかし私は、「 何故そうなるのか? そしてそれはどういう繋がりになってゆくのか?!」までを

しつこくしつこく考えた。



 


その納得がなければ、絶対に暗記に繋がらなかった。

何故ならば私の脳は 深い理解に基づかないものは、決して受け付けようとしないからだ。



 


「 納得なしの丸暗記 」など もってのほかだ。

私の脳は、脳生命の全てをかけて、「 理解なき丸呑み 」を酷く拒絶した。



 


そうなると私の脳は、深い理解を得られるまで、

ずっとずっと働きづづけてくれる。



 


何度も図にし、声に出し、私はとにかく無心で手を動かした。

この定理がどこからやってきて、やがて どこへ繋がってゆくのか、

その体系的な繋がりの理解が得られるまで 私の脳は一生懸命働いてくれた。



 


ぐるぐるぐるぐると果てしもなく廻りに廻って.....。

あるときは、寝ているあいだまで、それは続いた。

突然夢の中に 三角関数のグラフが出てきたりするんだよ。

さっこの脳は 本当に本当に働き者なんだ。



 


そうしていると いつか必ず、揺るぎない理解が体感と共にやってくるんだ。

俄かに全てが繋がり、自分なりの大きな手応えを得ることができるんだ。




一方でその間に 要領のいい人は、次々と他の教科の丸暗記に励んでいたのだろう。。



しかし私には、今 目の前にあるこの定理、この概念しか、気持ちは向かってゆかなかった。

だって一度熱中し始めると、目先の小さなテストの結果なんて 私はどうでもよくなってしまうから。

それよりもさっこは、 ただただ 今この瞬間の「 深い納得 」が欲しかったんだ。



 


こうして一度掴んだ定理は、私はその後も 

何度も何度もテコ入れして 体で理解していった。


だから未だに 忘れていない定理は 私の中でたくさん息づいている。

面白いことに私の数学の宇宙は 今なお限界なく広がり続けているんだ....。

関数を軸として。


これもある意味 数学を夢中で突き詰めていった私なりの内なる証である。




また、こんなこともあった。



反抗期、父とひょんなことから喧嘩になった。

私は父の理不尽な叱咤にちっとも納得がいかなかった。

だからさっこは諦めないで、大人の言い分にしつこくしつこく食い下がった。



そのうちに父はホトホトめんどくさくなって コツンと私に 一つげんこつを食らわせた。

そのげんこつに私は心底切れた。



 


そして火がついたように、父に全身でかかっていった。

柔道部だった父は、私がかかってゆくたびに、私を放り投げた。



私は何度も何度も、父に投げ飛ばされた。

でも打ち付ける痛みなんて その時はまるで吹っ飛んでしまっている。

何故ならば私は、目の前の理不尽さに対して、ただただ一生懸命戦っていたから。



そのうちに、運悪く、私はテーブルの角に鼻をぶつけて おっ転がった。


するととたんに私の鼻の穴からは  

破裂した水道管のように、真っ赤な鼻血が吹き出した。

それでも私は、顔面血だらけで父にかかっていった。



 


私のこの無我夢中さに 大きくたじろいだのは父である。

そしてこれ以上娘を興奮させては危険だと判断したようだ。

「 わかったわかった、さえこ。お父さんが悪かった。」となだめながら 父は即行折れてきた。




そしてたまに「この事件」をふと思い出すのであろうか....

何十年もたった今でも 父は妙なところで私に感心して こんなふうにつぶやくことがある。

「 いやいや〜、さえこの根性は大したもんだ。」と....。



しかし私は、こういった一連の騒動を巻き起こすとき、決して意図なんてしていないんだ。



 


気が付くといつの間にか、熱中してしまっているんだよ。

自動的に懸命になってしまっているんだよ。

その後の成果や反応や結果など、まるで気にも止めないで。




こんなふうに口から泡を吹くほどのさっこの「 懸命っぷり 」は

いつだって大多数の人に嘲笑された。

中には意地悪く、足を引っ張ろうとする人も沢山いる。


 


するとこんな様子を目の当たりにした「 私の理解者達 」は、

たまに冷静になってこんなことを言う。



「 さっこの脇目もふらない一途さが、とにかく目に付き鼻に付きムカついて、

たまらなくなって 何かを仕掛けてくるのだろう....」と。



「 それくらい皆、一生懸命やることを恐れているんだよ。

やりたくても出来ないんだ。 

色んなカッコつけが邪魔をして、さっこみたいに捨て身になんてなれないんだよ。臆病で。」と。




そして私の数少ない理解者たちはいつだって

さっこのこの不器用すぎる「 妙な純粋さ 」を 逆に「 最も素晴らしいところだ 」と褒めてくれる。



 


そんな理解者たちの反応に対して私は、いつだって少しばかりハテナマークだ。



だってこんなふうに一生懸命やったところで、実際は ひとつも結果を得ていない私だから。

ただただひたすらに、滅法カッコ悪いだけの私だから。

惨めすぎるくらい、何の取り柄も才能も持っていない私だから。

オチは大体が 周囲に軽んじてみられるか、小馬鹿にされて 御終いだ。





また一方で

図太いように見えて 実は結構「 繊細 」に作られている私である。。

そんな周囲の小さな嘲りに 

私はその実 後からこっそり、深く傷ついていたりもしてきたんだ。




私の身近にいる人は皆、そんな私の不器用さを ハラハラしながら見守ってきてくれた。



しかし私の変わった性質は、大人になるにつれて益々


世間から 鼻ツマミ扱いされるようになってきた。


 


それが一番顕著に現れたのが、いよいよ社会に進出する ちょっと手前の時期だった。


 


私は大学時代、一切就職活動をしていない。

何故ならば両親にとめられたから。




その時代は差して、就職難というわけではなかった。

だからちゃんと準備を踏まえて就活の波に乗った友人たちは、次々に順調に大手の企業から内定をもらっていった。

そして皆、華やかなOL人生へとスマートに移行して行ったんだ。



私のたった一人の姉は、この一般的コースの波に、速やかに乗っていった口だ。

そう。

同じ両親から生まれたお姉ちゃんは、ちゃんと名の知れた銀行のOLとなることができたんだ。 

そして毎朝パリッとしたスーツを身にまとい、満員電車に揺られて 堂々と出勤していったんだ。



 


しかし姉は、就職後まもなくしてから 

泣いて帰宅することが多くなった。

どうやら姉は、社内のOL同士の妬みの嵐に巻き込まれたようだ。



何故ならば姉は、入社してすぐに社内の「ミス○○」に選ばれて、

ウッカリTVなんかに出演してしまったから。


運がいいのか悪いのか、


さっこのお姉ちゃんはその抜きん出た美しさのために 


いつだって集団の中で、妙な悪目立ちをしなければならなかったのだ。




その直後から、社内の女子社員の「嫉妬の矢」は、

姉めがけ 一気に 驀地に 飛んできた。

それ以降 姉のOL人生は 意地クソの悪い「お局さま」に、 


いじめられ、いじめられ、徹底的に虐め抜かれるという悲惨な日々となった。



 


それでも姉は、私よりもずっと、神経が図太く出来ている。



お姉ちゃんは厳しい勤めを終えて家に帰ってくると

ますは黙って

ハンドバックをテーブルに置いた。



そして次に「 フ〜ツ!!」と不機嫌そうにため息をついた。


それから、ありえないほど口をへの字にひん曲げて

いつも一発こうガナッた。

「 ブス!!  」



 


続けてお姉ちゃんは ブホブホと 「お局さま」の悪口を言いまくっていた。

その様子はまるで 暴走するレーシングカーのようだった。



「 だから男にモテないんだよ、あのブスよー!!」

「 何なの?!あの分厚い唇。気持ち悪っ!!」

「 鼻の穴なんて ぶんびろがっちゃって あんな奴、豚だよ豚!! 養豚所に連れて行かれろ!!」





さっこはその愚痴を聴きながら どこかで、

「 いいな〜、お姉ちゃんは。」と密かに羨ましがっていた。



だって、お姉ちゃんはどんなに意地悪な女に足を引っ張られたって

決して負けない武器を持ってるから。



それは、お姉ちゃんが群を抜いた「 美人 」だってこと。。。。

この武器を持っている限り、お姉ちゃんは最初から

どんな「雑魚ども」に苛められたって大丈夫だったんだ。



だって最後は

あらゆる男どもを味方につけて、

ちゃんと お姉ちゃんが勝利するように出来ているんだからね。

どんな鬼も黙らせる、「 ブス!! 」という最も鋭い一言で。








姉のそんな荒れ用を視て、

両親はさっこに 「 お前はOLにはなるな!! 」と言ったんだ。

「 会社勤めなんて、ウチのさえこにはとても無理だ...。」という見解で。



 


私は姉のように器量良しでは生まれてこなかったし、要領も更に悪かった。

そして顔に似合わず 心はガラスのように繊細....。



さっこには とてもじゃないが、

「 意地悪なお局 」に「 ブス 」と言い放って 居直りきる根性は備わっていなかった。



それよりも何よりも、私が姉と同じように、

よそ様に「ブス」となどと のたまった暁には、1秒でこう言い返されるだろう。

「 お前こそ、ブスだろーが!! ブス!! 」と。



 


このように様々な「 悲惨場面 」を幾度も想定して

父と母は最終的に「 さえこにはOLは無理だ!!」と判断したのだった。




特に母のかっちゃんは 己の唯一の「失敗作品」である次女を 誰よりも案じていた。

「 さえこをOLなんかにさせたら たちまちノイローゼになって自殺しちまうよ。」と。



こうして私は プラプラとバイトをしながら

茶道、華道、着付けのお教室にせっせと通った。


 


そしてその後、あっという間に結婚してしまった。

学生時代の友達の誰よりも早く。




こんなふうに私は

ある意味、全くの世間知らずの箱入り娘だった。




社会に出て揉まれていない分、

どこかがお気楽能天気で 生まれながらの天然気質だって、少しも劣化や損傷をしていない。




結婚後は ずっと夫に守られてきた。 

私が少しでも家計を助けるためにパートにでも出ようとしても、

今度は夫が「そんなことはしなくていい。」と慌てて止めに入るんだ。




 


たかがパートといえど、世間にはいろんな人がいる。

そんな中に入ってモミクチャにされて、

さっこが自身をすり減らしてゆくということが、きっと夫には耐えられないことだったのだろう。




そして娘の母親としての領域では、 


私の唯一のママ友 且つ 親友の「和美」や「まみ」が  私をとても大切にしてきてくれた。



 


彼女らは、PTA活動のあらゆる場面で


いつだって捨て身で私をかばってきてくれた。


私の天然の持ち味が 外部の圧力によって 少しも歪められたりしないようにと....。



それからまた他方では、かけがえのないMちゃんという存在があった。



記事に度々登場してきたMちゃんは、

いつもさりげなく 世間の小狡さから 私を守ってきてくれた。




 


彼はたった一人、私がミクシイなどで 人間的に セコく 狡く まとまってゆくことを 

必死になって阻止してくれた。




そして固定化されたヌルいフィールドの中で、人の反応を気にしながら表現活動をすることに、

誰よりも本気になって 誰よりもムキになって 懸命に反対してくれたんだ。




「 さっこが本気で表現したいのなら、SNSなどでセコく立ち回ったりするな。

下心ありありの人間関係の中で 小狡く自分を売り込むな。

やるんだったら 全くさっこのことを知らない人の中で、正々堂々と文章を書いてみろ!! 」と。




 


きっと彼はどこかで、

人の顔色を伺いながら 人に諂いながら 「 何かを表現する 」さっこが 

痛くて歯がゆくて たまらなかったのだと思う。







こうして丁度一年前、彼との大喧嘩の後に、

このブログが堂々と この世に産声をあげた。

ただただ 「 自分を表してみたい!! 」という「 純粋さ 」だけを引っ提げて....。




よく思い返してみると、私の表現活動の傍らには、いつだってMちゃんがいた。



私の魂に蒔かれていた種が順調に発芽していったのは、 

全く以て、Mちゃんの「 激しい憤り 」という「 養分 」のお蔭だったとも言える。




Mちゃんに出会わなければ さっこは相変わらず、

妙に嘘くさい、いい子ぶった日記をコソコソ書いていたことだろう。

ミクシイでビクビクと 人の反応を伺いながら。



 


一方でミクシイの友達の中には、Mちゃんの表面だけを視て、


「 彼が私を束縛したいだけなのでは? 」と誤解する人がいた。

でもその度に私は、なぜかムキになって彼をカバった。

だってさっこにはいつだって、「 彼の奥深くにある真実 」が解っていたから。



 


彼の魂は 誰よりも本気で、さっこの純粋さを活かせるように導いてくれたんだ。

彼の魂は 誰よりも本気で、さっこの濁った行いを真っ直ぐに正してくれたんだ。




これまでMちゃんがこんなにも懸命に関わってくれかたらこそ、

今のさっこがあるんだと思う。



 


どんな小さな狡さも見逃せなかったのは、

Mちゃん自身の持つ「 純粋さ 」が いつも真っ直ぐに発動していたからなんだね。



「 そんなMちゃんだからこそ、サッコの中では いつも唯一の存在だったんだ.... 」って

今、改めてそう思ったよ。

本当にありがとう Mちゃん。





さて、こんな風に、

すぐに「 一生懸命スイッチ 」が入ってしまう不器用な私は 

時代に逆行しながら 一体どこへ流れ着くというのだろう.....。




 


こんな歳にもなって.....

ちっとも枯れてゆかないヤンチャなエナジーは、相変わらず私の中で「 ご健在 」だ。




しかしながら思う....。

さっこのこの「 懸命さ 」が 今尚 少しも歪められることなく息づいているのは、

決して 自分一人だけの働きではなかったのだと.....。 




 


そうだったんだ....。

私のこの「 馬鹿が付くほどの一途さ 」は、

私のことを「 真に愛してくれる人たち 」の擁護によって 常に大切に育まれてきたんだ。




いつだって彼らは、「 さっこの直向きさ 」が壊れないように 濁らないようにと、

遠くから近くから、後ろから前から、

静かに さりげなく そして温かく 見守ってくれていたんだった....。


「 祈るような深い愛 」で....。




 


こんなにも「 特定の理解者 」から 愛して守られてきた「 私の純粋さ 」....

だったら私自身も、揺るぎない軸をしっかり持とう。


 


 


彼らの深海のような愛に応えて。

もっと堂々と もっと胸を張って 「 己の懸命さ 」を貫いてゆこう。


私のこの命は、もはや自分一人のものではないのだから。



こんなにも 丸ごと愛してくれた人たちに、心からの感謝を籠めて....。



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